日本古来の行事や文化、伝統、風物など 日常の中にそこはかとなく感じる「和の心」を |
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---------------------------------------------------------------------- ◇◆◇[江戸小紋]◇◆◇ 「江戸小紋」、江戸っ子の小紋・・・? いえいえ、全国に「江戸小紋」はあったのですよ〜 ---------------------------------------------------------------------- 着物の種類には色々あるけれど、小紋にもなり訪問着にもなる「江戸小紋」 一色だけで染められる「江戸小紋」の柄には色々ないわれがあるのです。 今回は、知れば知るほど奥が深い、「江戸小紋」をお届けします。 「江戸小紋」」という言葉、どこかで聞いたことのある言葉ではないですか?着物 好きな方でしたら、きっとご存知のはず。その歴史は・・・というと、実はとて も浅い言葉なのです。まずは、順を追ってその訳をご紹介いたします。 「江戸小紋」とは、型染めの小紋の一種。 型染めは、奈良時代前期に大陸から日本に伝わった染め方です。型は、和紙を何 枚も柿渋で張り合わせたもの。水に強く保存にも耐えるものになっています。張 り合わせて丈夫になった型紙にデザインを移し、それをもとに小刀で彫りぬいて 型紙が完成します。 そして小紋は、布地全体に繰り返し模様を染めたもの。一方の方向に柄が染めら れており、カジュアルなお出かけなどに使える洋服でいえば普段着となります。 なんとな〜くイメージ沸きますか? 小紋 → http://www.kimono-maruya.com/mv/?97 さて、本題に・・・ 「江戸小紋」の起源は、定かではないのですが桃山時代からといわれています。 型染めが盛んになった頃といいます。花開いたのは、江戸時代。大名が裃を着た ことによります。 裃といえば、「この桜吹雪が目に入らぬか〜」と時代劇を思い出される方もいらっ しゃることでしょう。裃は字を見ていただくとわかるように「 上(肩衣)下(袴) 同じ模様の礼装」のことをいいます。お祝い事や挨拶に江戸城に登城するときな ど公のときに着ていました。 この裃の染めが「江戸小紋」の始まりです。その頃は「裃小紋」といっていまし た。「裃小紋」は、各大名が自分の家の柄を決め、その柄を見ればどこの大名かす ぐわかったのです。つまり、その大名家を表していたのです。そのため、各大名 競って型や染めの技術を磨いたそうです。もちろん、各国に職人を抱えて、保護・ 奨励し「裃小紋」は飛躍的に発展していきました。この時代、有名な小紋がいっ ぱい生まれたのには、そんな背景があったのです。 代表的な柄を申しますと、「お召し十(おめしじゅう)」は将軍家。「極印の鮫」は 紀州島津家(八代将軍吉宗の生家)。「梅鉢」は細川家。「武田菱」の武田家・・・ などなど。このように各大名で定まった柄を「定小紋」といっておりました。も ちろん、持ち出し厳禁。他で染めることなど許されなかったものです。 裃小紋 → http://www.kimono-maruya.com/mv/?98 その中で、最も技術を要した「裃小紋」が、鮫・角通し・行儀。小紋三役といわ れ、高度な技術がなければできなかったそうです。それだけの技術を要したので すから、大名の誇りでもあったわけです。 また、「裃小紋」それぞれの柄には、それぞれ謂れ(いわれ)があります。 高度な技術を要した鮫小紋。小さな点で鮫の皮を表現しています。 鮫は珍魚とさ れ、その皮は上級武士の小物や刀剣、鎧 (よろい) や鞍(くら)等の高級品のみに使 われていたとか。細かければ細かいほど、技術が高いと評されたものです。 「角通し」は、小さな点を縦横に整然と並べた柄なのですが、「縦にも横にも筋を 通す」という意味を持っています。また「行儀」は角通しに似ているのですが、 点の並べ方が斜めになっている柄で、お辞儀するとき、体を斜めに曲げることに 由来しています。行儀が正しい・・・という意味を含んでいるのです。 このように意味を持って各大名の定小紋となった「裃小紋」。でもそれは武家社会 のお話。庶民は・・・といえば、江戸時代、継続的に発令された 奢侈禁止令。武 士や町人に対して布地の種類から染めの色まで指定された恐ろしい命令です。特 に、町人に対して着物地は紬・木綿・麻と決められ、色も派手な色は御法度と厳 しい統制がとられていたのです。とはいいながら、時代は元禄時代。華やかな江 戸文化が生まれた時代であったからでしょうか、地方から職人が江戸に上京。職 人の技はやがて町人、女性の着物で表現されるようになったのです。 これが、「いわれ小紋」と呼ばれている小紋なのです。なぜ、いわれ小紋かと申し ますと、定小紋とは違った町人文化から生まれた縁起の良い柄や目出度い柄。ま た、何かを連想させる柄であったからなのです。 武家の「裃小紋」は格があるのに対し、町人文化から生まれた「いわれ小紋」は、 江戸の粋を表していたようです。 例えば、「南天の実」。難(南)が転(天)じる・・・と語呂合わせで作られた柄。 「誰が袖・えぼし・桜・・・」とくれば、そうご存じ義経千本桜・吉野山ですね。 竹に雀はいかがですか? 竹林に雀は相性がよく、良縁に恵まれるとか・・・ それぞれに意味があり、思いが込められている「いわれ小紋」。連想ゲームのよう で楽しくなってしまいます。 こうして、「裃小紋」と「いわれ小紋」は、昭和 30 年まで長い間親しまれてきた のです。昭和 30 年は、小宮康助さんが重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定 された年。「京小紋」や「加賀小紋」と区別するために付けられた名前なのです。 今では当たり前になった言葉「江戸小紋」。本当に奥深いものがあります。だから こそ、人々の生活に「江戸小紋」が文化として伝わっていたのすね。 もしご覧になる機会があったら、柄を見ながら、「いわれ」を想像してみてくださ いね。少しでも作家の思いが感じられたら・・・楽しいですよ! 私のお店でもご紹介しています → http://www.kimono-maruya.com/mv/?99 ◇◆◇ [江戸小紋]といえば何を思い出しますか ◇◆◇ 「江戸小紋」といえば、近年の機械化をお話しないわけにはいかないですね。み なさんは、「江戸小紋」を染めているところをご覧になったことはありますか? 「は〜い!」という方は、かなり着物がお好きな方。私も職業柄、何回も工房に お邪魔しております。工房では、体験・・・をさせてくれるところもあるようで すが・・・。実は、機械化が大変進んでいるのが現状。国内の多くが、昔ながら の染めではなく機械によるものになっているのです。 なぜなら・・・わずか 30センチほどの型紙を合わせ、染める職人が減っているか ら・・・機械にすれば、安価ででき、手間もかからないからなのです。 昔ながらの染め・・・型紙を送りながら 50回から120回繰り返される工程。気の 遠くなるような集中力と忍耐を要する仕事。少しの狂いで反物がダメになってし まうのですから、職人の技の何者でもありませんよね。 機械化は、印刷のようなもの。銅板のロールで染めています。機械なので、正確 ですし、はっきりしています。小さい点は、よ〜く見なくてもくっきり。それは それは完璧なものです。でも・・・はっきり言って味がない。機械だから当たり 前のことなのですが・・・ 昔ながらの染めは、型紙を使うことによって点は多少柔らかみを帯びます。人間 の手なので、ノリ置きに厚みの差がうまれます。もちろん、型紙も手によって彫 られたものなので、ノリを置いたとき、色を染めたとき・・・と全てに職人の技 が問われるものなのですが、人の手によって生まれたものだからこそ、暖かみが 感じられる染めなのです。 今、昔ながらの染めを守っている職人さんはわずかのこと。簡単な機械捺染が当 たり前となっています。また、型紙を作る人も減っているのが現状です。それは、 型紙を作るコストが高いため、作っても採算が合わなくなっているのです。ひと つずつひとつずつ、少しずつ少しずつ、消えていく伝統文化。一生懸命守ってい ても守りきれない壁。時代に副って生まれ変わるのが伝統文化でも、機械化では 伝統にはなりません。私には伝えることしかできませんが、日本の伝統が生き続 けてほしい・・・と願わずにはいられない・・・今日このごろです。 昔ながらの染め → http://www.kimono-maruya.com/mv/?99
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