日本古来の行事や文化、伝統、風物など 日常の中にそこはかとなく感じる「和の心」を |
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-------------- --------------------------------------------------------------------- ◇◆◇[舞妓No.2]◇◆◇ 舞妓さんに芸妓(げいこ)さん、夜の遊びは男性だけのもの? 女性だって、たまには・・・遊びたいですよね〜。 ---------------------------------------------------------------------- 夜になると華やかな街に繰り出していく「舞妓さん」。 夜の遊びも昔と今では違うもの? 今回は、先週に引き続き、「舞妓」をお届けします。 今から約 300年前。江戸時代から始まった「舞妓さん」。 先週は、その歴史と芸妓までの道のりをご紹介しました。 「芸妓と芸者」、関西 と関東での呼び名の違いは、ニュアンスまでも違って感じてしまう・・・優美な もの。 そんな関西・京都の花街は、今では京の風物詩となっています。 まずは、先週ご紹介した「舞妓」と「芸妓」の違いから、その慣わしをご紹介し ます。 「舞妓さん」になる前の見習い期間を「仕込みさん」。 別名、「おちょぼ」とも いいます。舞が舞えて初めて「舞妓」になれるわけですから、お師匠さんから認 められ なければいけません。認められて「舞妓」になることのお許しが得られる わけです。お許しをもらうと指導して くれるお姉さんを決めます。このとき、お 姉さんの名前の一文字をもらって名前が付けます。お姉さんと名前 が決まると「見 世出し」となるわけです。「見世出し」までの間、お姉さんと一緒にお座敷にで ることになって いましたね。この期間を「見習いさん」といいます。お座敷での 実地練習ということです。 だから、格好は「舞 妓」と同じ。髪型は、若い「舞妓」と一緒の「割れしのぶ」。 そして、帯の結び方は、だらりの帯の半分の長さな ので「半だら」になります。 「見世出し」で、晴れて「舞妓」へ。 帯の結びは「だらり帯」となり、衿の色は「赤」。 紅は下唇だけとなります。 やがて、 1年もすると紅が上唇にもさされ、衿も少しずつ白になっていきます。そ して、髪型も「割れしのぶ」から「おふく」へ・・・と。簪も少しずつ「芸妓」 のように変わっていきます。徐々に大 人になっていく・・・変化がまた楽しいで すね。 「割れしのぶ」と「おふく」 → http://www.kimono-maruya.com/mv/?86 「舞妓」も二十歳を過ぎると、大人への仲間入り。そろそろ「芸妓さん」への道 へ進んでいきます。 「舞妓」が「芸妓」になる儀式を「襟替え」といいましたね。旦那さまを持つ持 たないは別の話として、他に儀式 があります。 それは髷のついた髪にはさみを入れること。置き屋のお母さんやお姉さんに入れ てもらいます。 (まるで力士の断髪式みたい)なぜなら、「舞妓さん」は、地毛 で髪を結いますが、「芸妓さん」は鬘(カツラ)だ からです。確かに結ったまま 寝るのは厳しいものがありますね。 こうして、「芸妓」になっていくのです。髪形、 半襟・・一つ一つに段階があり、 決まりごとがあります。芸が厳しくて、途中で京都を去ってしまう人もいます。 「舞妓」で辞めてしまうこともあるようです。江戸時代から続いてきた京都・花 街。ただの観光になってしまわな ければいいのですが・・・
◇◆◇ [舞妓]といえば何を思い出しますか ◇◆◇ 「舞妓」といえば、花街のことをお話しなければいけませんね。 「花街」、一般的には「はなまち」と読みますが、 京都では「かがい」といいま す。よく知っている人は、そう呼ぶようです。 現在、京都には5つの「花街」があり ます。「上七軒(かみしちけん)」」「祇 園甲部(ぎおんこうぶ)」「祇園東」「先斗町(ぽんとちょう)」「宮川町」。 街 ごとに別々の「舞妓さん」「芸妓さん」がおり、芸風・着物・装飾品まで違っ ています。 京の花街で最も歴史を保 っているのは、「上七軒」です。室町時代、北野天満宮 焼失したとき、その廃材で作られた 7軒のお茶屋街が始 まりといわれています。 染織で有名な西陣に近いことから、とても栄えたそうです。 毎年 4月には、上七軒歌舞 練場で北野をどりが披露されます。 また、「祇園甲部」は、忠臣蔵で有名、大石内蔵助が遊んだ一力茶屋があ るとこ ろです。今でも暮にかけて語り継がれています。 毎年 4月に披露される都をどりは有名ですね。 そして、 先斗町・・・誰もが知っている花街の名前ですね。 毎年 5月には鴨川をどりが京の夏の風物詩となっており有 名です。 祇園東は、もともとは、祇園甲部と同じ。明治時代に分かれてからこの名が付き ました。秋に披露さ れる祇園をどりも紅葉の時期とあって、観光客に人気です。 そして、最後の宮川町。歌舞伎の始まり、出雲・阿 国の歌舞伎踊りの発祥の地と いわれています。毎年 4月には京をどりが披露されます。 それぞれに歴史があり、 栄えていった花街。一見さんお断り・・・と敷居が高く 感じてしまいますが、これは、お茶屋さんとお客様との信頼 関係から成り立って いること。花街では、当日に代金を支払うことはなく、当日の支払は、全てお茶 屋の女将さ んが立て替えてくれるもの。いわゆる「ツケ」なのです。だからこそ、 身元のはっきりしたお客様でなければならな いのですね。また、満足のいくおも てなしを心がけているため、初めてのお客様のお好みがわからない・・・では難 しいのです。 そのため、お茶屋の浮気もご法度。信頼の上に成り立っているからこそ生まれた 暗黙の了解です。 いかがでしたか? 2週にわたってご紹介した「舞妓」。舞妓の世界や花街のしきた りを少しだけ見る事ができたで しょうか・・・。私には、まだまだ遠い世界です が、いつか、花街を訪れてみたいですね。 そんな日が・・・いつかくるかな〜
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