着物専門店「丸や呉服店」着物専門店「丸や呉服店」

12月1日(月)〜6日(土) 栗山工房・紬展

 

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◇◆◇[化粧]◇◆◇

 女性にとっては毎日欠かせない「化粧」

 いつでも美しくありたい・・・と願うのはいけないこと?

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どんな年老いても「化粧」は・・・女である証。

決して、顔を作っているわけではないのです。

今回は、顔は心から作るもの?「化粧」をお届けします。

化粧とは・・・の質問・・・みなさんどんなことを思いますか?

化けること?つくること?・・・なんて・・・思っていませんよね〜

私たちは、いつも「化粧」のことを「お化粧」という言葉を使います。「化粧」に

「お」を付けて、女性らしい表現をしていますね。

読み方は「けしょう」・・・かつては「仮粧」とも書いていました。「仮に美しく

見せる・・・」とでも言いたかったのでしょうか。「化ける」よりはいいような気

もしますが、漢字だけを見ているとあまり良い字とはいえませんね。

読み方も「けそう・けわい」などなど。そういえば、以前に「化粧師(けわいし)」

という映画がありました。「けわい」の意味は、化粧・髪型・服装・態度などを含

めた身だしなみのこと。とても広い意味をもっていたのです。

日本の化粧の歴史は、とても昔から始まったといわれていますが、歴史上に登場

するのは、飛鳥・奈良時代から。朝鮮や中国の大陸から伝わったといわれていま

す。中国の史書「魏志倭人伝」、日本の「日本書紀」「古事記」などには、その記

述が見られます。やがて、遣唐使によって大陸との交流が盛んであったため、大

陸の影響を受けていたようです。

しかし、遣唐使の廃止とともに、日本独自の文化が発展し、「化粧」も日本独自の

ものとなっていったのです。

平安時代、みなさんご存知「源氏物語絵巻」に描かれている女性を見てみてくだ

さい。長く垂らした髪。白粉に紅・・・と美しく「化粧」した女性が描かれてい

ますね。当時の紅(べに)は、紅花から抽出した具呉(くれない)など、白粉(お

しろい)は、水銀白粉の軽粉(けいふん)と鉛白粉の鉛白(えんぱく)でした。

また、お歯黒は 鉄漿水(かねみづ)と五倍子粉(ふしのこ)を混ぜてつくってい

ました。実は、お歯黒は、平安時代、公家の男性も付けていたとか。う〜ん、今

の時代だったら・・・汗たらり・・・かな〜

ところで、現代では、化粧の色彩も多色にわたり、毎日洋服や気分で選ぶことが

できますね。私たちが使う色には無限の広がりがあるように感じます。しかし、

昔は、基本「化粧三原色」として「白・黒・赤」と決まっていました。「白」は、

白粉(おしろい)、「黒」は眉墨やお歯黒、「赤」は、口紅や頬紅・・・ということ。

白い肌を美しいと感じていたのは、平安時代からのことです。源氏物語絵巻での

白粉は、薄く透き通る白さを尊んでいます。鎌倉時代には、身分によっても白さ

が違っていたとか。白いほど身分が高かったようです。それほど白粉は貴重だっ

たのですね。

お歯黒は、平安時代から江戸時代まで続いた化粧です。江戸時代には、これによ

って既婚者か未婚者か見分けていました。でも、明治時代に入り、なくなってい

きました。

「紅」は、白や黒といった色に華やかさを添えるもの。王朝の古典では、「紅」と

いえば、「ほほ紅」。「口紅」がもてはやされたのは、江戸時代になってからのこと

なのです。意外ですね〜。

そして、江戸時代末期の 「守貞漫稿」には、日本の伝統的な「化粧」は白塗り・・・

とあります。また、一般に京都・大坂の化粧は濃く、江戸は薄く、素顔も多かっ

たともいわれていた時代。なかでも京郡の官女は濃く、遊女・芸著なども上方は

濃いが江戸は薄化粧か素顔もあったと記述があります。「化粧」まで、京好み、江

戸好み・・・と分かれていたなんて・・・

今の時代でも、違いがあるのでしょうか???じっくり見てみなければ・・・

◇◆◇ [化粧]といえば何を思い出しますか ◇◆◇

「化粧」といえば、小さい頃、おままごとシリーズにありましたね。子供化粧セ

ット。私も父にねだって買ってもらった思い出があります。

まだ、化粧なんてほど遠い年齢なのに、自分の化粧セットを大切に持っていた私。

マネごとでも、口紅を差した時、大人になったような気がして、とても嬉しかっ

たことを覚えています。

そんな小さい頃から慣れ親しんでいる「化粧」なのに、未だに、キレイに魅せる

「化粧」に悩んでいるのですから・・・年月だけではないのですね。

さて、先日、メルマガ愛読者Sさんからこんなご質問がありました。

先日の歌舞伎鑑賞の後に、あの白粉の厚塗りはどうやって何を使って落とすのか

という話題になったのですが、私はおぼろげな記憶に 玉三郎が「鬢付け油をベー

スのした下地を塗って 水溶きの昔ながらの手法で白粉を塗っているから、肌が全

然荒れない」とテレビで言っていたように思えるのですが、あまり自信もなく、

急に知りたくなりました。

下記サイトでもご紹介している昔ながらの「化粧方法」。歌舞伎業界ではあまり変

更はないようです。

歌舞伎の化粧道具の紹介 → http://www.kimono-maruya.com/mv/?84

そして、しっかり塗った白粉は、コールドクリームで落とすとのこと。ある歌舞伎役

者さんは、最近、ディープクレンジングオイルなども使いますが、襟足など は、マ

ダムジュジュのコールドクリームです・・・とのお答え。 クレンジングは、今の時代

の方が進歩しているようですね。私もよく、クレンジ ングをしっかりね!と注意され

ます。お手入れは、着物もお肌も一緒のようです。

しっかり落として長持ち・・・それがなかなかできないのですが・・・(お肌です!)

駆け足で「化粧」についてお話させていただきましたが、なんとなく歴史に触れ

ていただけたでしょうか。最近では、電車の中で「化粧」をする女性が増えてき

ました。それが良いか悪いか・・・なんてことは議論しません。

ただ、「化粧(けしょう)」が、昔の意味の「化粧(けわい)」であってほしい・・・

と願うばかりです。顔の美しさは、「化粧」だけの問題ではありません。心が備わ

ってのこと。私も少なくとも人様の前にでれないような顔を見せるないよう・・・

年老いていきたいと思っています。

 

 

   

   

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