着物専門店「丸や呉服店」着物専門店「丸や呉服店」

12月1日(月)〜6日(土) 栗山工房・紬展

 

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◇◆◇[かんぴょう]◇◆◇

 「かんぴょう」、料理の方法は、甘く煮るだけ?

いつもそれしか思いつかない・・・なんて淋しいですね〜

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「かんぴょう」が、この季節のものだって、知っていましたか?

存在感がないようで、和食にはなくてはならないものですよね〜。

今回は、守ってください、「かんぴょう」をお届けします。

みなさん、「かんぴょう」は何からできているか知っていますか?

最初から、細くなっているのではありませんよ!

「かんぴょう」は、ウリ科の 1年草で、アフリカ・アジアの熱帯地方原産。夕顔

になった果実の果肉をひも状に剥いて乾燥させた物をいいます。夜顔とは全く別

物です。

「かんぴょう」の歴史は古く、日本には古墳時代に伝わったといわれています。

日本には、偶然入ってきたもの。

日本書紀によれば、神功皇后(じんぐうこうごう)は、お腹に子供がいるのにも

かかわらず、朝鮮に出兵、そしてその帰路に出産。(のちの応神天皇)朝鮮から戻

って、産着(うぶぎ)を木津(きず)の地に埋めたとき、その産着に夕顔の種が

ついていたため、翌年に夕顔(ふくべ)の新芽が出たというのです。だから、朝

鮮から伝わっという説が一般的とされています。

原産地を考えると、インド→中国→朝鮮・・・となりますが。

産着を埋めた木津とは、摂津国木津村のこと。「かんぴょう」の発祥の地となって

います。安藤広重の描いた東海道五十三次「水口宿」は、現在の滋賀県甲賀市の

こと。この絵には、「かんぴょう」を干す姿が描かれています。

 広重の絵 →  http://www.kimono-maruya.com/mv/?79

江戸時代、かんぴょうの生産が盛んだった木津。お寿司屋さんの符牒で、「かんぴ

ょう巻き」のことを「木津巻」というのは、かんぴょう発祥の地である明かしで

すね。

さて、現在「かんぴょう」の生産の 8割以上をしめているのは、滋賀県ではなく

栃木県。

なぜ、栃木県?

きっと疑問をお持ちの事と思います。

栃木県に移ったきっかけは、江戸時代。

西暦 1711年のことです。

当時の江州水口城主の鳥居伊賀守多忠英公が幕府の命により壬生(みぶ)城主に

命じられたことがきっかけです。

壬生領の耕地は広いのにもかかわらず、産物が少なく貧農の多かったこと。そん

な壬生を憂い、鳥居伊賀守多忠英公は、江州から「かんぴょう」の種子を取り寄

せ、壬生の藤井村に蒔いたのです。これが大成功。ここに栃木の「かんぴょう」

が誕生したのでした。

それ以来、現在に至るまで「かんぴょう」を作り続けている栃木県。今では、大

阪方面に出荷するほどになっているのです。

「かんぴょう」は、栄養的にもバランスがとれている食物。カルシウム・カリウ

ム・リン・鉄分など多く含まれています。また、食物繊維も豊富なので便秘や夏

バテ防止にも良いとか。ただ、「かんぴょう農家」にも高齢化の波が押し寄せてい

るとのこと。朝収穫したユウガオの実を厚さ約2ミリ、幅3センチほどに細長く

むき、 1本1本干しいく。天気が良ければ2日、曇っていれば4日ほど干して出来

上がる「かんぴょう」は、高齢者にとっても重労働のようです。最近では、中国

産も出回っているようですが、できれば国産を守っていきたいですね。

身体に優しい「かんぴょう」、今が収穫の時期です。食卓の1品に加えてはいかが

でしょうか・・・

 

◇◆◇ [かんぴょう]といえば何を思い出しますか ◇◆◇

「かんぴょう」といえば、絶対忘れない・・・幼稚園のときの遠足のお弁当。

もう、何回かお話したかもしれないお話ですが、これだけは絶対に忘れない思い

出です。

私の家は、商売をやっているため、秋の遠足は、ちょうど忙しい時期。私は、長

女だったからか、遠足というと、母方のおばあちゃんが付き添いでした。あれは、

幼稚園の年中のことだったと思います。秋の遠足は、多摩動物公園。おばあちゃ

んに連れられて行ったときのことでした。

断片的ですが、鮮明に覚えていることは、その日の天気。どんより曇った日でし

た。多摩動物公園に行ったことのある方は、なんとなく雰囲気を感じていただけ

ると思うのですが、結構広い敷地内、木が鬱蒼(うっそう)と茂り、暗い感じの

ところがところどころにあるのです。実はお弁当を食べたところが木陰の下。ち

ょっと薄暗いところ。加えて、お母さんではなくおばあちゃんと一緒。おばあち

ゃんが嫌いというわけではないのですが、遠足にはみんなお母さんが付き添って

いるのに・・・とブルーな気分に追い討ちをかけたのが、お弁当の中身だったの

です。

中身は、かんぴょう巻きだけ。

お弁当を開けた瞬間、「え〜」と心の中で叫んでいました。

まだ、たった 4歳か5歳のときです。

こんなにもはっきり覚えていること事態、不思議なのですが、余程心に衝撃だっ

たのでしょう。もともとあまり好きとはいえなかった「かんぴょう巻き」だった

ので、ほとんど箸をつけないで、おばあちゃんを困らせたことと思います。それ

以来、かんぴょう巻きが嫌いになったのはいうまでもありません。

大人になるまで、かんぴょう巻きを見ると、あの日の遠足を思い出していたので

す。大きくなって、そのことを母に話すと・・・すっかり忘れているとのこと。

子供はこんなに衝撃的で覚えているのに・・・と思ったものです。

まあ、今となっては笑い話ですが、私の苦い「かんぴょう」の思い出です。後に

も先にも「かんぴょう」の思い出はこれだけ。今では、かんぴょう巻きも食べら

れるようになり、かんぴょう料理もしているのですから、不思議なものですね。

 

 

   

   

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