着物専門店「丸や呉服店」着物専門店「丸や呉服店」

12月1日(月)〜6日(土) 栗山工房・紬展

 

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◇◆◇[伊藤若冲(じゃくちゅう)]◇◆◇

 「伊藤若冲」、彼の名を知っていますか?

きっと若冲を知らなくとも、絵を見た事はあるはず・・・

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日本画といえば、誰を思い浮かべるでしょう・・・

江戸時代には、数多くの画家が生まれ、数多くの派がありました。

今回は、江戸時代の異端児、「伊藤若冲」をお届けします。

 みなさんは、「伊藤若冲」といったら、どんな絵を描いていたか・・・すぐ、頭

に浮かびますか?きっとこの絵はご覧になったことあると思います。

 若冲の絵 →  http://www.kimono-maruya.com/mv/?78

 「伊藤若冲」は、西暦 1716年、江戸中期に京都錦小路の裕福な青物問屋「枡源

(ますげん)」の長男として誕生しました。京都の錦小路といえば、今でも賑わっ

ている京都の台所です。歴史のある京都、江戸時代の話ですから、跡取り息子と

して生まれてきた「若冲」は、当然家業を継ぐことは運命づけられていたわけで

す。

「若冲」 23歳のとき、父・源左衛門の死去に伴い、4代目として「枡源」を継ぎ、

枡屋(伊藤)源左衛門を襲名しました。(襲名なんて、今の歌舞伎の世界みたいで

すね・・・。)

しかし、「若冲」は、商売には全く関心がなく、ちょっと変わった性格だったとか。

ただひとり、「若冲」と親交のあった京の名僧「相国寺の大典和尚」。彼の著書「藤

景和画記(とうけいわがえのき)」の中に「若冲」について記していることには、

まず、芸事を好まず、お酒お女遊びもしない、というよりは嫌い。人が好むこと

は一つも好まず、ただただ、絵を描いていることが好きな人物だった・・・と。

更に、ひとりぼっちが大好きで、家業は弟や番頭に任せ、 2年間も丹波の山奥に引

きこもり、行方不明になっていた・・・とのエピソードもあるほど。

裕福な 4代目であれば、芸事大好き、お酒や女遊びはやめられない・・・という

のが定番なのに(時代劇の見過ぎ?)、全く違うタイプです。

さて、そんな「若冲」は、大典和尚に出会ってからは、仏教に傾倒・・・在家な

がら頭を剃り、肉食を避け、妻も持たず、ひたすら修行僧のような生活を送って

いました。「若冲」という名も大典和尚から与えられた居士(こじ)号。(居士と

は、在家の仏教信者のこと)本当に若い頃から隠居のおじいさんのような人だっ

たようです。

絵に目覚めたのは 30歳の頃のこと。最初は、狩野派の絵の先生に学び始めます。

しかし、狩野派は、お手本を写すだけ。それでは、狩野派の絵は描けるようにな

っても、それ以上の絵は描けない・・・と考え、絵を習うことをやめ、京の寺を

回り始めます。「若冲」は、お寺が所有している中国の宋元画の模写を始めたので

す。その数、なんと 1000枚以上。模写に没頭していたようです。

しかし、そこでも疑問が・・・

本物を見て描いていない・・・と、ただ写しているだけではないか・・・と。

やがて、「若冲」は、庭に鶏を飼い始めます。最初の 1年はじーっと観察。朝から

晩まで、毎日毎日鶏の様子を観察したのです。よくそこまで・・・というほど見

つめていたといいます。 1年が過ぎてようやく写生を始めた「若冲」。今度は、鶏

の写生を 1年も2年も続けます。

そして、 40歳のときに、家督を弟に譲り、早々と隠居生活へ、絵に打ち込む人生

を選んだのです。 40歳で隠居などなかなかできることではありませんが、隠居し

ても十分生活できるほどの財産を持っていたので、絵を売らないと食べていけな

いこともなく、隠居生活を送ることができたのです。

そんな「若冲」の絵の具は、ほとんどが輸入品。 200年以上たっても彼の絵が鮮や

かなのは、保存状態の良さだけでないことは、一目瞭然。絵のために鶏を飼い、

一日中部屋にこもって絵を描き続ける・・・彼の絵が心の中にストレートに伝わ

るのは、そんな、何の欲にも囚われない真っ直ぐな心だからかもしれません。

無欲な「若冲」は、天明の大火(西暦 1788年)で、家も収入源も焼かれても、絵

1枚と1斗のお米と交換するだけ。その生き方は「斗米翁」と名乗るほど。純粋で

心は絵だけに向かっていたのです。

「若冲」は、西暦 1800年、85歳で人生を終えたのですが、晩年にいたるまで、絵

の勢いは衰えなかったといいます。「若冲」の絵に関しては、ここでは語りつくせ

ないものがありますが、鳥や魚といった生き物や野菜を題材に、その中にある生

命力・・・万物のもとになる気(神気)を感じずにはいられない迫力を受けます。

「若冲」の絵には、不思議な力が備わっているのかもしれませんね。

◇◆◇ [伊藤若冲]といえば何を思い出しますか ◇◆◇

「伊藤若冲」といえば、先日、NHK教育テレビ「新日曜美術館」でも放映さ

れていましたね。みなさんは、ご覧になりましたか?

只今、 東京国立博物館・平成館(上野公園)で開催されている、プライスコレク

ション「若冲と江戸絵画」展について、紹介されていました。

今まで、切手などで何気なく見ていた「若冲の絵」、なかなか、ゆっくり見る機会

がありませんでしたが、今回は、プライス氏が収集した「若冲」の絵の数々を見

る事ができます。プライス氏は、アメリカ・ロサンジェルス在住の世界屈指の日

本美術コレクターです。

今回、そのプライム氏が絵を提供するにあたって特に力を入れた部分があります。

それは、光。

日本美術を鑑賞するときに大切な役割は「光」と考え、江戸時代に鑑賞されてい

たような自然の光の中での展示を実現したそうです。ガラスのない展示。江戸時

代のような自然光の中の展示を是非、ご自身の目で確かめてくださいね。

今回の展示は、東京のみならず、京都・九州・愛知で開催されます。この機会に

是非、「若冲の世界」をご覧になってみてはいかがでしょうか。その絵に吸い込ま

れるような・・・気分を味わってみてくださいね。

プライスコレクション  →  http://www.kimono-maruya.com/mv/?77

 

 

 

 

 

   

   

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