着物専門店「丸や呉服店」着物専門店「丸や呉服店」

12月1日(月)〜6日(土) 栗山工房・紬展

 

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◇◆◇[屋形船]◇◆◇

楽しい、楽しい、夏がやってきました!

 もうすぐ、花火の時期でもありますね〜・・・そう屋形船の時期ですよ!

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夏になると、品川から、浅草から・・・「屋形船」のオンパレード。

「屋形船」は、夏の大人遊びの代名詞。

今回は、夏には船で夜を楽しみたいですね〜、「屋形船」をお届けします。

 「屋形船」の歴史は古く、平安時代から貴族の遊びとして利用されてきました。

平安時代の遊びとは・・・5月に京都で行われる「三船祭」でも見られる光景の

こと。三船祭は西暦 898年、長月(陰暦の9月のこと)21日、宇多上皇が嵐山に

御幸(ぎょうこう:天皇のお出かけ)の際、 大堰川(おおいがわ)で御船遊びを

したことが始まりとされています。

三船祭 →  http://www.kimono-maruya.com/mv/?69

つまり、御船遊びとは、平安時代の貴族が楽しんだ「詩歌」「吟詠( 詩歌を節をつ

けてうたうこと) 」「管弦(楽器を演奏すること)」「舞楽(舞を伴う雅楽)」など様々

な遊びのこと。御船遊びは、貴族の遊びだったのです。

そしてこの御船遊びこそ、「屋形船」の始まり・・・というわけです。

この御船遊びは、江戸時代になるまで、ずっと貴族や武士の遊びでした。

江戸時代になると「屋形船」が盛んになってきます。江戸時代は、隅田川などを

中心とした河や堀を使った水上交通が発達した時だったのです。それに伴って、

江戸の文化や経済が栄えていったのでした。

やがて、江戸の文化や経済が熟するにつれ、武士や大名、そして裕福な町民たち

が盛んに「屋形船遊び」を行うようになります。この「屋形船遊び」は江戸に留

まらず、全国で盛んになり、桜を愛でたり、俳句を詠んだりしたそうです。なん

とも風流な遊びです。

寅さんでも有名な「矢切の渡し」は、江戸時代の初期から始まったもの。なんと

ものんびりした光景が浮かんできます。また、遊びの道として吉原に通じる水路

もあったとか・・・旦那さまが喜びそうな水上道路だったのでしょうね。お忍び

にもってこいの水上交通だったのかもしれません。

「屋形船」は、当初 20名程度の小さな船だったのですが、江戸中期には、船遊び

が盛んになり、豪華さを競いあうようになっていきます。

障子ばりの船は、武士が使い、徳川泰平の時代には豪華な遊楽船。装飾は、金・

銀・漆・絵画・・・とあらゆる贅沢を「屋形船」に注ぎ、自前の船を大名同士で

競ったのでした。大型の「屋形船」を「川御座船」と呼んでいたのもこの時代で

す。芸者衆と遊ぶことが楽しみな時代だったようです。だって豪華なほうがもて

るって思いますものね。しかしその豪華さは、やがて幕府の目に留まり、制限・

禁令が出されたのです。江戸時代のお決まりコースに「屋形船」も参加したとい

うわけです。

「屋形船遊び」は、江戸幕府が倒れても庶民の間で「風流な遊び」として残って

いました。しかし、太平洋戦争を境に「屋形船遊び」は廃れていきます。

水質汚染・生活の余裕のなさ・・・「屋形船」にとっては最悪の環境でした。

「屋形船」が復活し始めたのは戦後しばらくしてからのこと。とはいっても庶民

のものとしてではなく、ごく限られた人々の「高級な遊び」として。鴨猟や釣り

を楽しむための「屋形船」でした。

現在のような「屋形船」が盛んになったのは、なんとバブル期のころなのです。

今、東京や横浜では、花火の時にはもちろん、休日だけではなく平日も「屋形船」

が盛んに水上を走っています。もう夏の風物詩となっているのでしょうね。浴衣

を着て、船に揺られながら、食事やお酒を楽しむ。なんとも贅沢なひとときです。

小唄でも歌えたら、もっといいのですが・・・まだまだのようです。

 

◇◆◇ [屋形船]といえば何を思い出しますか ◇◆◇

「屋形船」といえば、やはり花火がつきもの。今週末は横浜の花火・・・と、も

うそんな時期になりました。

実は、私、「屋形船」に乗ったことがありません。なかなか機会がないこともあり、

全く別の船には乗るのですが、いつも「屋形船」は横目で見ています。乗ってみ

たい気持ちもあり、また色々お話を聞くと、まあいいかな〜と思ったり・・・と

いう状態が何年も続いています。

それでも、「屋形船」については、色々と調べることもあります。値段は、だいた

いどこも同じ。食事&飲み物つきで 10500円(税込み)が主です。食事は、てん

ぷら・刺身・・・と和食中心。カラオケもあるそうで、夜景を見るというよりは、

舟遊び・・・という感覚のようです。

よく時代劇で見るお殿様や悪代官が船に乗って接待を受ける・・・芸者をあげて

楽しむ・・・時代は変わっても「船遊び」は変わらないみたいですね。

「屋形船」にはこんな落語噺があります。

「船徳(ふねとく)」・・・ご存知ですか?

夏の噺です。

徳さんという若旦那。道楽の末、勘当され、さんざん遊んでいた船宿に転がり込

み、船宿の居候に。やがて小舟乗りの粋な姿にあこがれ、親方の止めるのも聞か

ず、船頭になりたいといいだす始末。

そんなある日、浅草観音の四万六千日さま(毎年浅草寺で開かれる縁日のこと。 7

月 9・10日にお参りすると四万六千日お参りしたのと同じ御利益があるといわれ

る)ちょうどほおずき市の頃で、ほかの船頭が出払っているときに客が 2名やっ

てきました。女将は断ったのですが、ろくに舟も漕げない若旦那にご指名。喜ん

で舟をだしたのです。

そこまでは、よかったのですが、とにかく漕げない。水竿を流すは、舟は石垣に

寄るは、日傘代用のこうもり傘を石垣に突き立てれば、刺さったまま舟は遠ざか

り・・・とさんざん。挙句の果てに「暑くて汗が目に入って前が見えない。舟が

きたら避けて下さい!」といって、真っ青になってへたり込んでしまう始末。

やっと浅瀬に着いて、客は河を歩いて岸までたどり着き振り返って若旦那に向か

って「だいじょうぶか〜い、しっかりおしい」

「お客さん、お上がりになりましたら、船頭を一人雇って下さい。」

船頭さんにはお気を付けを!

 

 

 

 

 

   

   

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