日本古来の行事や文化、伝統、風物など 日常の中にそこはかとなく感じる「和の心」を |
QRコードから簡単アクセス対応機種をお持ちの方は バードコードを読み取るだけで簡単にアクセスできます
|
|
---------------------------------------------------------------------- ◇◆◇[七宝(しっぽう)]◇◆◇ 「七つの宝」と書いて「しっぽう」と読みます。 あなたは、その七つを言えますか。 ----------------------------------------------------------------------
「七宝」、その名は誰もが聞いたことのある言葉。 でも、なかなか説明は難しいもの。 今回は、日本が誇る工芸品、「七宝」をお届けします。
「七宝」が、どれほど古い歴史を持っているのか・・・世界から見ていくと、 誰もが教科書や本などで見たことがあるものが浮かんできます。 ピンときましたか? 紀元前1360年頃製作された、エジプト第18王朝のツタンカーメン王のミイ ラの頭部を覆う華麗なマスクであります。 画像はこちらから → http://www5.famille.ne.jp/~sunafuki/Egypt/scripts/Eg816-080.htm こんなにも、保存状態がよく、黄金に輝いている「七宝」。 「七宝」とは、どういうものを言うのでしょうか。
日本で「七宝」というと「七宝焼き」のことをいいますね。 「七宝焼き」とは、金属の素地(銅・銀・金など)をハンマーなどで形を整え て、その上に色とりどりのガラスの粉末(釉薬:ゆうやく)を図案に基づいて、 盛りつけ、700〜900度の高温で焼成(しょうせい)したものをいいます。 ガラスというと、どうも海外から入ってきたもののように感じますが、弥生時 代には、すでに、日本には天然ガラスが存在していました。
日本に残っている最古のものは、7〜8世紀頃に製作された、奈良県明日香村 の牽牛子(けごし)古墳から出土した、六葉花文亀甲形金具(ろくようかもん きっこうがた:重要文化財・奈良県立考古博物館所蔵)です。 これは、お棺の金具として「七宝」が施されていました。 牽牛子古墳 → http://www.asukanet.gr.jp/ASUKA2/ASUKAKOFUN/kegosiK.html
そして、正倉院には、黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいじゅう にりょうきょう)が残されています。 画像をご覧になると、その美しさにうっとりすることでしょう。 画像はこちらから → http://www.narahaku.go.jp/jpgdata/2000shoso1.jpg これは、銀製の鏡の背面に、黄金でワクを作り、33個の部品を接着剤で貼り 合わせて作られています。 7〜8世紀の作品といわれています。
また、修学旅行で、訪れたことがあるでしょうか。 京都、宇治平等院の鳳凰堂中堂扉締りの金具、「鉄七宝」。 平等院は、西暦1052年、関白藤原頼道が、自分の別荘として建てた物。 平安時代にも、「七宝」の技術は伝えられていました。
しかし、これほどの技術を持ちながら、「七宝」は、歴史の中に埋もれてしま います。 なぜなら、「七宝」は、誰でもが簡単に買い求められるものではなく、ごく限 られた人(天皇や貴族)の独占物であり、限られた人々は、輸入品のガラス器 に心を惹かれていったからでした。
そして再び、歴史に登場するのは、室町時代のこと。 唐物として中国から渡来品で日本に入ってきてからのことです。 もちろん、日本の「七宝」も細々と、技術は伝えられていましたが、輸入が盛 んになると、途端に注目を集め始めたのです。 今も昔も外国物には弱いようですね。 織田信長に、豊臣秀吉に、「七宝」は支えられ、やがて江戸時代に徳川家では、 七宝師を抱えるほどに「七宝」は、大切に扱われていったのです。
現在、「七宝」は宮内庁所蔵のものも多く保存されており、天皇家の宝物とし て、また、歴史ある建造物(日光東照宮など)などでも、随所に見ることがで きます。 それだけ「七宝」は、日本人にとって宝物であり、日本を代表する工芸品とし て、江戸時代、明治時代、と盛んに作られていたのです。
金属とガラスの粉末によって作り出される美しい装飾品。 私たちは、その美しさをまだまだ知らずにいます。 昭和時代には、欧米からの貴賓の帰国土産に、日本の首脳が外国を訪問すると きの贈り物として「七宝」が使われていたほど。 日本が誇れる工芸品は、まだまだいっぱいあります。 再び、歴史に埋もれてしまうことがないように、時には「七宝」に目を向けて みてください。 きっと、その美しさにうっとりすることと思います。 美しいものを見て、怒り出す人はいませんものね!
◇◆◇ [七宝]といえば何を思い出しますか ◇◆◇
「七宝」といえば、やはり、この「七つの宝」は何かしら? と思いますよね〜。
「七宝(しっぽう)」という言葉は、仏教の仏典に由来されます。 仏典では、「七宝(しちほう)」と呼んで、区別しています。 仏典には無量寿経(むりょうじゅきょう:浄土三部経の一経)や法華経授記品 (ほっけきょうじゅきひん:法華宗の経典)が有名です。 無量寿経には → 金・銀・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・珊瑚・瑪瑙(めのう)・ シャコ 法華経授記品には → 金・銀・瑠璃・シャコ・真珠・瑪瑙・マイエ
瑠璃は「ガラス」、シャコは「世界最大の二枚貝の貝殻」、玻璃は「天然ガラス」 のことをいいます。 いずれも、有り難い宝物という意味があり、「しちほう」と呼んでます。 そのため、「七宝」の由来が仏教にあると考える人々は「しちほう」と呼んで いるのです。
日本で、「七宝」が盛んになったのは江戸時代から明治時代に至る期間です。 西暦1867年のパリ万博で、初めて「七宝」は出典され、注目を集めました。 西暦1877年の明治博覧会に、「七宝」が出典されると、「七宝」は海外で更に 珍重されるようになったのです。 そのため、「浮世絵」のように、現在、その時代のものはほとんどが海外に流 出してしまい、日本にはあまり残っていないのです。 いつでも作れるという心があったからでしょうが、今考えてみれば残念なこと です。
まだまだ、日本の文化には、知らないことは沢山ありますね。 いつの間にか、消えてしまったり、海外でしか見ることができなくなったり、 気をつけていなければ、通りすぎて去ってしまう日本の技術・芸術・伝統は、 失ってしまえば、復活することができないものばかりです。 失ってしまって初めて、その存在の大きさに気付かされることが多々あります。 なかなか、表面には現れてこない、失われつつある日本文化。 まずは、知ることから、その一歩がはじまります。 時には、「七宝」に触れてみてください。 その美しさと、職人のすばらしさにきっと驚くことでしょう。 日本文化のすばらしさは、計り知れないのですから・・・。
日本の「七宝」をご覧になりたい方は、昇仙峡にある「七宝美術館」へどうぞ。 HPはこちら → http://www.spy.or.jp/SINPOU/MUSEUM/syou.htm
|
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(c)2004-7 着物専門店「丸や呉服店」
All Right Reserved
|
|