着物専門店「丸や呉服店」着物専門店「丸や呉服店」

12月1日(月)〜6日(土) 栗山工房・紬展

 

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 ◇◆◇[鉄鍋]◇◆◇

   土鍋よりも歴史がある「鉄鍋」

     すき焼きのために生まれた訳ではないんですよ。

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「鉄鍋」、「フーフー」と冷ましながら食べる料理が浮かんできます。

囲炉裏とともに、食卓を支えてきた「鉄鍋」。

今回は、冬のお鍋に加えてほしい、「鉄鍋」をお届けします。

 

私たちの生活になくてはならない「火」。

身体を暖める、お湯を沸かす、明かりをとる、料理をつくる・・・とあらゆる

生活の場面に、「火」は登場しています。

縄文時代(約1万年前〜紀元前3世紀頃)には、縄文土器で知られているよう

に、土器を使って食事をとっていました。

しかし、落としたら割れるなど、少々壊れやすいことが欠点。

そんな土器に変わって「鉄」が日本に渡来したのは、弥生時代の初め(紀元前

300年前のころ)のこと。

中国大陸から朝鮮半島を経て、伝わってきました。

弥生時代中期(紀元前100年〜紀元100年)には、鋳物(いもの)づくり

が、日本でも始まったといわれています。

鋳物とは、金属を溶かして砂又は、金属で造った型に流し込み様々な形状にし

た物をいいます。

つまり、弥生時代にはすでに色々な形の鉄器を作ることができたのです。

 

そんな鉄器が、鍋として文献に登場するのが、平安時代です。

西暦927年頃、朝廷に「鉄鍋」が献上されたことが、「延喜式(えんぎしき)」

に記されています。

まだ、食卓ではなく、台所だけで使われていました。

   延喜式についてはこちら → 

    http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/engishiki.html

またその頃、「伊勢物語」にこう記されています。

「近江なる筑摩の祭とくせなむ つれなき人の鍋のかず見む」

現在でも、滋賀県坂田郡米原町の筑摩神社にて受け継がれている「鍋冠祭」。

この地が、朝廷の台所にあたる厨(くりや)であったことから、天皇の食膳を

守る意味で、祭りが行われていたようです。

  鍋冠祭はこちらから → http://www.ex.biwa.ne.jp/~nabekama/

 

そして、西暦933年頃には、以前ご紹介した、「和名抄(わみょうしょう)」

に、土鍋と鉄鍋について漢字の違いが記されています。

  バックナンバーはこちら →

   http://www.kimono-maruya.com/sample58.htm

こうして、鉄製の鍋が、調理器具の中心となり、煮炊きが出来るようになって

いったのです。

 

戦国時代のドラマには、囲炉裏を囲んで、調理器具として活躍している「鉄鍋」

をよく目にしますね。

煮物であったり、汁物であったり、暖かい料理には欠かせなかった「鉄鍋」。

しかし、「鉄鍋」はあくまでも調理器具のひとつ。

食卓の中心にのぼることはありませんでした。

なぜなら、鍋の原型である中国の鼎(かなえ)は、先祖や天地の神々を祭る際

に使われ、また、王権の象徴としても重視され、礼器の中でも最も尊ばれてい

またもの。

神聖なものとされてきた器に、直箸で汚すことはもってのほかだったのです。

   鼎の画像はこちら → 

     http://www.yashironi.co.jp/topics/back_number/0205.html

そういえば、日本の食卓は、料理がひとりひとり器に盛られて用意されていま

すね。

とはいっても、熱い物は、すぐ食べたいと思うことは当然のこと。

江戸時代には、鳥鍋やシャモ鍋などなど、鍋料理がどんどんと登場してきたの

です。

西暦1700年代後半から西暦1800年前半にかけてのことです。

「火鉢の上に小さい鍋を置き、箸でつつきながら食べる。」なんて、幸せなひ

とときですよね〜。

そこには、常に人が顔を近づけながら食しているのです。

想像しただけでお腹がすいてきます。

 

平安時代から、ずっと食卓を暖めてきた「鉄鍋」。

お鍋としてではなく、調理器具として使われていたのです。

今では、鉄鍋を使うことが少なくなってしまっていますが、最近では、不足し

がちな鉄分の補給に「鉄鍋」が良いと言われ始めています。

長い間、使われていたことには、やはり理由があるのです。

まだまだ、寒い時期、鉄鍋を囲んで、暖かい料理をいただきませんか?

 

 

◇◆◇ [鉄鍋]といえば何を思い出しますか? ◇◆◇

 

さて、「鉄鍋」といえば、なんといっても忘れてはいけないのが、世界的に

も有名な料理「すき焼き」ですね。

獣肉は穢(けが)れ多きものとして、食べることを禁じられていた江戸時代。

人々は、なんとかしておいしい「牛肉」を食したかったのです。

おおっぴらに食べることができなかった人々は、農耕機具の鋤(すき)を使っ

て、肉を焼いたことから、「すき焼き」が始まったと言われています。

その時の言い訳が面白いのです。

「肉は、薬になるからいいのだ!」というのです。

子供の言い訳みたいで、笑ってしまいますね。

 

言い訳しながらもこっそり食していた「すき焼き」は、明治維新とともに解禁

となり、各地に「牛鍋屋」ができたのです。

もう、ここからはご存じの方も多いことでしょう。

現在では、日本料理の代表格となり、みんなが好きな食べ物となったのです。

 

しかし、「すき焼き」や鉄板焼きには「鉄鍋」たるものがよく使われますが、

調理器具には、少々敬遠されていることが気になります。

「鉄鍋は、錆びるので手入れが面倒なの。」という声を聞きます。

確かにきちんと洗って、乾燥させないと錆びてしまいますね。

時々、怠けると、「あ〜錆がついている!」なんてこと経験ありませんか?

実は何を隠そう、私も祖父が持っていた「鉄瓶の錆」がなかなか取れなくて、

とても苦労しております。

 

でも、ご心配には及びません。

「鉄」は錆びることは当たり前なのですが、それは表面だけのこと。

長い間、ほっといてしまうと駄目なのですが、ある程度錆びるとすぐには中に

浸透しないものなのだそうです。

きちんと錆びを落として、お手入れをしてあげましょう。

女性には、少し重く感じる「鉄鍋」ですが、一旦、ため込んだ熱を簡単には逃

がさないという性質をもっていて、保温性がよく、熱が均一に伝わるので、揚

げ物もおいしく仕上げることができます。

また、炒め物には、使い込むほどに油がなじんで、焦げ付きを防いでくれるの

です。

「鉄瓶」で沸かしたお湯で飲んだお茶、「鉄鍋」で作った汁物や煮物、そして

炒め物や「すき焼き」など、「鉄の調理器具」を使って、いつもと違ったひと

味を加えてあげてください。

鉄から溶けだしてくる鉄分も調味料のひとつです。

楽しい食卓を囲んで、さあ今夜のおかずは何にしましょうか・・・?

 

 

 

   

   

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