日本古来の行事や文化、伝統、風物など 日常の中にそこはかとなく感じる「和の心」を |
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---------------------------------------------------------------------- ◇◆◇[江戸更紗(さらさ)]◇◆◇ 「江戸更紗」、「インド更紗」、「ジャワ更紗」。 世界に何種類の「更紗」があるか知っていますか? ----------------------------------------------------------------------
「更紗」、女の子の名前ではありません。 アジア発祥の柄の名前。生地を染めて作ります。 今回は、アジアの魅力、日本の魅力、「江戸更紗」をお届けします。
「更紗」という柄を見たことがありますか? 沢山の種類があって、画像では、全部をご紹介ができないのですが・・・、 http://jafic.net/shopic-000928/sarasa.html こんな柄をいいます。
「更紗」は、三千年以上前に、インドで生まれました。 インダス文明(紀元前2600年頃〜1800年頃)には、すでに木綿の織物を用 い、染色も行われていました。 1920年代から発掘されたモヘンジョ=ダロ の遺跡には、染料や木綿裂が発 見されています。 インダス文明 → http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/indus.htm モヘンジョ=ダロの遺跡 → http://ukky-kingdom.hp.infoseek.co.jp/pakistan1996-photo1.html インドで生まれた「更紗」が、歴史にあらわれたのは、15世紀以降のことで す。 航海をするようになってからのことでした。 その頃、まだインド以外の国々では、染料を使って染めることはできても、媒 染剤(鉄塩やみょうばんなど)を使って、染料を定着させて、色を発色させる (色がでること)方法は知りませんでした。 それだけに、媒染剤を使って染められた「更紗」は、他の国の人々を魅了した のでした。 争って、手に入れようとしたことはいうまでもありません。
世界を駆けめぐった「更紗」は、タイでは「シャム更紗」、インドネシアでは 「ジャワ更紗」、「中国更紗」「ペルシャ更紗」「オランダ更紗」「ロシア更紗」 「イギリス更紗(チンツと呼ばれている)」、フランスの「ジューイ更紗」「ド イツ更紗」、そして日本では「和更紗」として作られるようになったのです。
日本に伝わったのは、室町時代のことです。 そう、ビロードが伝わった頃と同じ時代、南蛮船に乗ってやってきました。 ビロードについてはこちらから → http://www.kimono-maruya.com/sample101.htm もちろん、人々はその美しさに魅せられました。 しかし、舶来品である「更紗」は、とても高価で一部の上流階級が愛用できる くらい、茶人の間では、「名物裂(めいぶつぎれ)」として珍重されたようです。 名物裂とは → http://www.craft-ran.com/meibutsu/setumei.html 日本国内で、「更紗」が作られ始めたのは、江戸時代に入ってからのこと。 木綿の栽培が普及されてからのことでした。 初めは、インド・タイ・中国から輸入された「更紗」を真似て、手描更紗が染 められました。 手描なので、羽織の裏や帯、袋物などに用いられていました。 そして、次第に型紙を使って摺(す)り染めが生み出されていったのです。 (型紙に下絵を写し、その下絵に通りに彫り抜き、刷毛を使って色を摺り込ん でいくこと) これは、日本と中国で行われている染め方。
インドやペルシャでは、木版によって染められ、ヨーロッパでは、銅版によっ て染められています。 バティックと呼ばれるインドネシアのジャワ更紗は、蝋防染手描といって、蝋 と植物性樹脂を使って防染液を、模様に沿って布に筆で手描して、防波堤のよ うに染料が流れないようにしてから染める方法なのです。
その中で、特に「江戸更紗」は、少なくとも10枚の型紙を使って染められて いくのです。 これを「追いかけ彫り」「追いかけ染め」の技法といいます。 つまり、ひとつの紋様に何枚もの型紙を彫り、その彫った型紙を重ねて染めて 行く方法です。型紙毎に違う色の染料を使うことによって、色を挿したように なり、1反の着物が染め上がるのです。 着物の長さは約13メートル。7メートルの板に絹布を張って、その間を何往 復もして染めていくのです。 型紙が1ミリでもずれてしまえば、その反物(大人物一着分として、一反に 仕上げている織物)の価値はなくなってしまいます。 細かい神経を使い、染められていく「江戸更紗」。 多くの工程があるからこそ、反物に色の深みがでてくるのです。 工程を見たい方はこちらから → http://www.the-shinjuku.ne.jp/CONTENTS/HISTORY/DENTOU/SARASA/koutei.html
世界の人々が魅せられた「更紗」、そして日本の文化の花開いた江戸時代に生 まれた「江戸更紗」、その柄、色使いは、今でも美しさを伝え続けているので す。 いつまでも「江戸更紗」が絶えることなく、その美しさを守り、伝えていきた いと思っております。 街で「更紗」に出会ったら、思い出してくださいね、職人によって染められた 芸術品であることを。
◇◆◇ [江戸更紗]といえば何を思い出しますか? ◇◆◇
「江戸更紗」といえば、まず最初に「更紗」という言葉がどのようにして生 まれたかお話しなくてはなりません。 「更紗」という日本語は、最近では女の子の名前にもよく見られるように、と ても美しい響きを持っていますね。 この漢字は、元々「サラサ」に当てはめたものです。
語源は、色々な説があります。 インド語で「美しい織物」という意味の[サラサー]、ジャワ語の古語である [セラサ]、ポルトガル語で「美しい布」という意味の[サラシャ]、またイン ド西海岸にある古い港町[スラット]がなまって、[サラーサ]から[サラサ] となった説などです。 言葉の流れをみても、インドから海を渡ってヨーロッパを経て、日本に辿りつ いたということがよくわかりますね。
「更紗」の模様にも、歴史が刻まれているのです。 インドの大地で生まれた「更紗」は、仏教の時代には、[唐草]の柄で、果て しない生命力の強さを感じ、ヒンドゥー教の時代には、神々や神話が描かれ、 イスラム教の時代には、大きく天に向かってのびていく生命の木が描かれてい ます。 「江戸更紗」の模様は、日本本来の模様ではなく、その影響を受けているので す。 模様の多くは、人間や鳥獣、草花。どの柄も自然の中から生まれたもの。 人々は自然の中で生きており、鳥は大空を羽ばたき、草花は季節の中で大地に 生き続けるという生命力があります。 自然の中のエネルギーを模様として表現し、身に纏ったのです。
今まで、何気なく着てた「江戸更紗」も、心に元気を運んでくれるような布に なったような気がしてきますね。 「江戸更紗」に秘められた思い、それは自然への感謝、そして生命の大切さ。 私たちが忘れてはいけないことのようです。
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