きもの丸やの展示会のご案内
2008年9月
伊勢型小紋の会
会場 弊店
時 22日(月)〜27日(土)
誰もがよく耳にする言葉「江戸小紋」・・・実は、この言葉ができたのは昭和30年、
故・小宮康助氏が国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に
認定されたとき、京小紋や加賀小紋と区別するために付けられたものなのです。
伊勢型小紋だけで描かれた訪問着
「伊勢型小紋」とは、「伊勢型」と呼ばれる「小紋型」を用いて染める技法です。
「伊勢型」には、「鮫小紋」、「行儀小紋」、「角通し」、など、極小の「点」や「四角」を模様にしたもの。
「千筋」、「万筋」、など、「縞」を模様にしたものがあります。
これらが、「裃小紋」と呼ばれています。
武士の裃に端を発し、江戸時代に発展した「裃小紋」は、武士の正装に用いられ
諸大名の保護と奨励によって支えられ、「お定め小紋」となり図柄を競い合ったのです。
現在でも有名な、小紋御三家「鮫」「行儀」「角通し」は、
高度な技術を要することから最高級品とされています。
格のある「裃小紋」に対し、町人文化から生まれたのが「いわれ小紋」と呼ばれるもの。
江戸時代、質素倹約のもと、 奢侈禁止令によって派手さを押さえられた職人たちは、
柄の細かさを競って、縁起の良い柄や目出たい柄を模様化したのです。
例えば、「宝尽くし」や「南天の実」・・・
そのほか、「文字」や「家財」、「玩具」、などを模様にしたものなど、実にさまざまな意匠があります。
全てを総称し、「伊勢型小紋」と呼ばれています。
「伊勢型」という名前がついているのは
江戸時代から今日に至るまで、「伊勢白子」、現在の三重県鈴鹿市白子、で生産された「型紙」のこと。
「伊勢白子」、は江戸時代、紀州藩の飛び地。
「伊勢型紙」は、紀州藩の専売品として、その生産は、手厚く保護、奨励されました。
「伊勢型紙」は、「美濃和紙」を柿渋で塗り固めたものに、錐や小刀のような道具で模様を彫りこんで制作されます。
、古来、大野信幸さんは、されました。以来、京都市中京区黒門通の工房で「伊勢型小紋」の制作に従事され、
「京都市中京区黒門通六角下る」に工房を構えている大野信幸氏。
染色の一大産地である京都でも、江戸時代以来、「伊勢型紙」を用いた着物が染め続けられています。
大野信幸さんは若くして東京の染工房で修行され、「小紋染」を習得。
京都にて、「伊勢型小紋」の制作に従事され、現在に至っております。
経済産業省から「伝統的工芸品」の技術保持者として、
「伝統工芸士」に認定されており、伝統を護り続けている染め師です。
現在、「江戸小紋」、とか、「伊勢型小紋」、と称する商品は市場に数多く出回っています。
しかし、その大半は機械で染められたもの。
大野信幸氏のように、「伊勢型紙」を用いて、手で糊置きをし、手で引染めをした
「伊勢型小紋」は、ごく僅かしかありません。
その理由は、技術的に極めて高度で、継承者が数少ないから。
しかし、本物の「伊勢型紙」を用いて、手で糊置きをし、手で引染めをした「伊勢型小紋」には、
機械染めで決して表現できない、奥行きや、深み、ぬくもり、という得も言えぬ表情があります。
一反一反、時間をかけ、手間をかけて、職人芸の極致を持って制作される「伊勢型小紋」。
機械染めの反物のように安価なものではありません。
現在、そのことが手染めの「伊勢型小紋」が市場から消え去ろうとしている大きな理由でもあります。
機械染めの良さは、大量生産、大量販売、だからこそ可能な価格であること。
大野信幸氏の「伊勢型小紋」の良さは、一点から制作していただくことが可能であり、
手染めの奥深さは、機械染めと見並べていただくと歴然
。
暖かみ、はんなりとした色合い、深みは、手染めでしか味わえないもの。
加えて、型紙から選んでいただき、ご自身のお好みの色にお誂えいただけます。
丸やは、前回ご案内以降、京都に出張のたびに大野氏の工房を訪ね、伊勢型や色の打ち合わせを重ねて参りました。
「丸や」が何より大事にしている柄の美しさ、はんなりとした色合いを是非お楽しみ下さい。
9月26日(金)・27日(土)
伝統工芸士 大野信幸 来店
沢山の型紙をご用意してお誂えのご相談をさせていただきます。

皆様のご来店お待ち申し上げております!